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高輪クリニック

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サウナ侍のナラティブ

2006年11月 6日 (月)

サウナ侍のナラティブ15

サウナ侍のナラティブ、
_サウナ侍の起源は虚弱体質にあり!_11

 六年生になると同時に、またしても父の転勤に伴って、今度は名古屋の小学校に転校します。ここでは野球に目覚め、お笑い護身術も奏功し、比較的スムーズに新しい環境に溶け込むことができました。

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 かくして私は、健全なスポーツ少年へと成長を遂げたはず…ではありました。一方で、中学校に入っても自己催眠熱は冷めないばかりか、ますますのめり込むようになっていったのです。「お前は、誰だ?」からは解放されたものの、「人間の本質とは何ぞや」といった実存的命題は、常に私をとらえて放しません。カッパブックスで出会った自己催眠を皮切りに、守部昭夫先生の催眠技法に関する本や心理分析、潜在意識、夢判断といったジャンルの本を片っ端から読み漁るようになりました。

「人間の潜在能力を高めるときっと凄いことになるぞ」

 お年玉をコツコツ貯め込んだ私は、憧れの「シュルツの自己訓練法」の教材を手に入れ、テープがすり切れるほど繰り返し聴きました。こうした練習を重ねるうちに、超虚弱児体質も少しずつ影を潜めていったのです。

2006年11月 3日 (金)

サウナ侍のナラティブ14

サウナ侍のナラティブ、
_サウナ侍の起源は虚弱体質にあり!_10

 椅子に座って、全身の力を抜いて、ゆっくりと呼吸する。 右腕に意識を集中し、「右腕が重い」と念じると、少しずつ右手が重くなっていく・・・。そんな風なやり方でした。何だか自分の内面がずいぶん楽になってくる。気持ちが楽になると、それにつられて身体も楽になるようです。私はハッと気づきました。

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(『病は気から』ってそういう意味だったんだ!)
 毎日のように自主トレーニングを重ねていくにつれ、今までとは違う、新しくて強い自分を手に入れるのも夢じゃない思うようになってきました。

(人間の潜在能力って、何だかスゴイかもしれない)

 こうした変化に伴って、かつて囚われていた「お前は誰だ」の無限ループも、実はある種の催眠術であることにも気が付きました。ただし、このやり方は自分の内面や身体の状況をちっとも楽にしないばかりか、よくわからない危険性もあるように感じられたのです。それ以来、自己流内観遊びには意識してブレーキをかけるようにしました。

2006年11月 1日 (水)

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サウナ侍のナラティブ、
_サウナ侍の起源は虚弱体質にあり!_9

 さらにもう一つ、おそらく私の人生の方向性にもつながる大きなきっかけとなったのが、同じく五年生の時に本屋さんで偶然手にした『自己催眠術入門〜催眠で人は変われる』という一冊の本でした。

 人は変われるーこのフレーズの何と魅力的なこと! 気が弱くて虚弱体質。ものごころついてからずっと弱さへのコンプレックスを持っていた私にとって、「普通の子」への変身願望は、ウルトラマンへの憧憬に近いものがあったのです。
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(人は変われるーホントに? ホントにそんなことできるのかな)
 『小学5年生』を買うつもりで母にもらったお金では足りませんでしたが、自分のお小遣いを補填することに躊躇はありませんでした。レジで精算を済ませると、私はまるで、ベータカプセルやウルトラアイを手に入れたような高揚した気分で走って帰り、自室にこもると、夢中でページをめくりました。

2006年10月30日 (月)

サウナ侍のナラティブ12

サウナ侍のナラティブ、
_サウナ侍の起源は虚弱体質にあり!_8

 そしてある瞬間、私の意識は何の前触れもなく爆発的に拡張し、真っ白い光がドーンと広がっていくのです。途方もなく怖いシーンでした。と同時に、抗い難い好奇心も、そこにはあったのです。

 あまりの怖さに思い切り首を振って我に返り、
もうこんなこと考えるの、絶対にやめよう)と固く誓うのですが、しばらくするとまた
僕って、誰なんだろう」のループに嵌ってしまうのです。

 怖いけどやめられない、いささか分裂病気味のこの儀式は、小学校五年生で剣道を始めるまで続きました。放課後は練習に明け暮れたおかげで、床につくと、「お前は誰だ」の謎の尋問者がスタンバイする間もなくバタンキュー。これは効きました。
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 もう一つのきっかけは、「笑いを取る」楽しさに目覚めたことでしょう。いつ転校生となるやもしれない身の上では、いじめに合わないための有効な護身術の一つが「笑い」です。人を笑わせるのがうまい同級生を観察しつつ、使えそうなネタは積極的にストックしていきました。

2006年10月27日 (金)

サウナ侍のナラティブ11

サウナ侍のナラティブ、
_サウナ侍の起源は虚弱体質にあり!_7

 不思議な闇の洞窟の中で目をこらし、全身を耳にしていると、どこからともなく私に問いかけてくるような声が聞こえます。エコーさえかかっているような気がしました。

お前は、誰だ」と闇の声。

「えっ? いま僕に『お前は誰だ』って聞いたのは、一体?」

「そういうお前こそ、誰なんだ?」と、再び闇の声。

「『そういうお前は誰なんだ?』って考えている僕って、誰なんだろう?」

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 これをマントラのように延々と繰り返します。母の三面鏡で姉とよくやったあの遊び。左右二面の鏡を半開きにし、その隙間に頭を突っ込んで中を覗いた時の、あんなイメージです。気が遠くなるほど遙か彼方まで、自分の姿が延々と続く鏡の回廊。そんな感覚の中をしばし漂います。

2006年10月25日 (水)

サウナ侍のナラティブ10

サウナ侍のナラティブ、
_サウナ侍の起源は虚弱体質にあり!_6

お前は、誰だ

 かくして、せっかくのお金持ちクラスにもほとんど通うことができないまま、私は超虚弱児のレッテルを貼りつけられて、小学校へ上がることになりました。

 事態は一向に改善される兆しはないのですが、親にこれ以上心配をかけてはいけないし、何よりもあの恐ろしい「病院という名の牢獄」には二度と入りたくない。その一心で、私は歯を食いしばって学校へ通いました。その健気さに我ながら泣けてきそうです

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 いつの間にか、夜床につく時、ちょっと変わったクセというか、儀式を行うのが日課になりました。頭から布団をすっぽりかぶり、自分だけの空間を作って、イメージの世界へ深く深く潜り込んでいくというものです。きっかけは、あのK病院での悪夢の夜でした。

2006年10月23日 (月)

サウナ侍のナラティブ9

サウナ侍のナラティブ、
_サウナ侍の起源は虚弱体質にあり!_5

 身の置き所のなくなった私は、さらに新たな病気を量産するようになりました。小児喘息の発作も出ました。月に一度は高熱を出し、慢性中耳炎にもなりました。年に五回は鼓膜に穴が空いていたそうです。

いかに甘えん坊でも、これは何か重い病気になっているのではないかと、両親も不安になります。そこで紹介されたのがK病院。私は五歳にして、一週間の検査入院というものを体験するはめになったのです。
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 初めての入院であるのはもちろん、殺風景な病室で一人で過ごす夜の恐ろしかったこと。まるで「病院の怪談」の七本立てです。頭から布団をかぶり、朝までじっど目を閉じているしかありません。あまりの怖さと心細さに、いつも以上にお腹が痛くなることもありましたが、医師の担当は「また、あの甘えっ子か」というめんどくさそうな対応ばかり。

 結局、様々な検査を経てもこれといった原因を特定することはできず、腹痛については「自律神経失調症または詐病」という、無難な病名に落ち着きました。無難なのは医師の方で、もしろん私にとってはただの災難です。病院が好きな五歳児というのは、あまりいないと思いますが、私の場合は、「痛くされるからキライ」といったレベルを超えて、恐怖孤独屈辱の入り交じった忌むべき場所でもありました。

2006年10月20日 (金)

サウナ侍のナラティブ8

サウナ侍のナラティブ、
_サウナ侍の起源は虚弱体質にあり!_4

今は登校拒否という言葉は使わないようですから「不登園」というべきでしょうか。 気分的には「登園不能」が近いかもしれません。とにかく、朝、幼稚園のスモックを着て、通園カバンをたすきがけにすると、途端にお腹がシクシク痛み出すのです。

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 心配した母は、私を近くの小児科に連れて行きましたが、簡易検査をしてもこれといった原因は見つかりません。医師はカルテに「詐病」の二字を書き込みながら、こう言ったそうです。

「よほど幼稚園になじめないんですね。ま、甘え病ですよ

 それからは、「おなかいたい〜」と訴えても幼稚園を休ませてはもらえなくなりました。母に手を引かれてグズグズと幼稚園の門をくぐっても、しばらくすると「いたいよ〜」と泣き出し、また母に迎えに来てもらう。そんなことが何度もありました。

2006年10月18日 (水)

サウナ侍のナラティブ7

サウナ侍のナラティブ、_サウナ侍の起源は虚弱体質にあり!_3  公務員の子が、何ゆえにハイソなさくらぐみなのか。見栄を張るタイプの両親ではありませんでしたが、可愛い長男により良い環境を与えてやろうと、所得に下駄を履かせたに違いありません。020

級友はお金持ちの坊ちゃん、嬢ちゃんばかり。大人と違って高級時計をジャラつかせているわけではないので、どういう「お金持ちらしさ」に圧倒されたのかはよくわかりませんが、それまでの友達と雰囲気が全然違うことだけは感じていました。

お手伝いさんがお迎えにくる子もいました。今に思えば、「品の良い」とか「おっとりした」といった程度なのでしょうが、当時の私には名状しようもない居心地の悪さがあったのです

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 その違和感をどう親に伝えていいのかわからない私は、ほどなく登園拒否010 になりました。

2006年10月16日 (月)

サウナ侍のナラティブ6

サウナ侍のナラティブ、
_サウナ侍の起源は虚弱体質にあり!_2

それが北浦和に越してみると、家の前にはそれまで見たこともない産業道路があり、賑やかな商店街もあって、人がいっぱいです。「人に酔う」という感覚をはじめて味わったのもこの街でした。

私の通うことになった幼稚園は、親の所得によってクラス分けがなされるという、当節ではとても表に出せない明朗会計システムでした。入園式の日、各クラスの入り口に、ひらがなの名簿が張り出されます。

「おかあさん、ぼくの名前あったよ!」
「どこ? あら、さくらぐみさんね」

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 母は出願時点で知っていた訳ですが、実はこのさくらぐみ
何を隠そう、最もお金持ちのクラスだったのです。