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2012年8月17日 (金)

8月5日開催『感動を生み出すホスピタリティー』セミナーレポートVol.2 by高輪クリニック歯科医師 岩淵

皆さまこんにちは。

先日、配信させていただいた
『感動を生み出すホスピタリティー』セミナーレポートVol.1↓↓↓
http://wagoiryou.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/85-2069.html

の続きにいなります。

是非ご一読していただければ幸いです。

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最後に神風攻撃隊、自国民を守る究極のfor you
の行動に触れられました。
神風特攻隊は特別攻撃隊と言われ外国語においても
「Tokko」「Kam!ikaze」などと戦死を前提とした体当たり・
自爆攻撃として通じています。

実際には1944年2月頃に始まったと推定されますが、
正式には1944年10月25日にレイテ沖海戦において海軍が
「神風特別攻撃隊」として実行し陸軍は
11月7日に「特別攻撃隊富嶽隊」として実行されました。

以降、終戦まで次々編成され出撃されていきました。

原因としては、戦争末期における深刻な資源不足、
燃料の品質悪化、航空機の生産力、品質の低下、
アメリカ軍の対空迎撃能力の飛躍的向上による日本軍航空戦力の劣勢など
追い詰められた状況から起こったとされています。

死を覚悟するのは凡百の人間にとってそれほどやさしいことではなく、
知覧から出撃していった1036人の英霊たちも出撃の「覚悟」に到達するのは、

言い様のないほどの内面の葛藤を経てのことだったと思われます。

その「覚悟」は死に赴く本人にとっては勿論、家族にも同様の衝撃を与え、
特攻隊として死地に赴くという手紙を受け取ったときの
両親の打撃は想像するに余りあるものがあります。

講演の中で登場した鳥浜とめさんは、
特攻隊の基地となった知覧の街に富屋食董w)€ーを開業され、
そこが、軍の指定食堂となり休日は少年飛行兵(15~18歳)のたまり場となり、
まだ、あどけなさの残る少年兵達を我が子のように可愛いがり
少年兵達はとめさんを「お母さん」と呼んで慕い甘えるようになったとのことです。

やがて航空兵として巣立ちの時がくると、
とめさんは、死を目の前にした彼らに、
せめてものはなむけにと私財を売り払って
酒や米、砂糖、小豆など入手困難なヤミの食料を調達したそうです。
彼らは、皆とめさんの写真をポケットに収めて
戦線へと飛び立って行ったそうです。

改めて、この国のこと、周りの人のことを真剣に思い
散って行った若者の無念を無駄にすることなく、
自分もしっかり活き抜かねばと感じました。

次に歯科衛生士の長山さんのお話しですが、
「今までどれだけ頑張っても院長に誉めてもらえず、
嫌いだったが、患者さんにクレーム言われた際に
「長山は必ず成長しますから見守ってやって下さい。」との言。


自分は大きな器に守られている存在なのだと、
初めて院長の気持ちに気づき恩に報いようと思うようになった。

それからfor meからfor youに考え方が変わり、
仕事が面白くなり、沢山患者さんがつくようになった。」
という言葉に、感銘を受けました。当院の院長は空次w)€

闢ケ部の主将として後身の指導にあたった際、
国体選手を複数輩出した経験があり、
日頃から
『俺は常に指導は、獅子の子を谷から突き落とす。
褒めるときは本当に苦労に苦労を重ねた末につかんだ成長のときのみ
欧米の受け売りの安易に褒めて育てるはことはせん』

と豪語されており、長山さんのような体験は期待できませんが、
指導者の意を常に汲み、究極for youの感覚から桁違いに大きな力を発揮すべし!
と長山さんおよび当院院長陰山から学ばせていただきました。

つづく、、、

高輪クリニック歯科医師 岩淵

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