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高輪クリニック

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2011年8月

2011年8月31日 (水)

陰山家の墓参り*2

ところで半年ほど前に、現在立命館大学付属小学校の校長先生で、
百マス計算で有名な陰山英男先生にお目にかかりました。

英男先生に会うなりいきなり言われました。

『あなたとは同族、一門です。我々の先祖は、兵庫県赤穂で、
戦国時代には、かなりの土地持ちの豪族でした。
豊臣秀吉に敗れて領土は
かなり縮小しましたが、武家のでなのです。

陰山の字の陰山さんは詳しくルーツを調べましたが、
デモトは全員赤穂に違いありません』と。

8代前からの祖先が眠る見性寺が戦時中に火事で焼けて、
すべての台帳を消失し、ルーツをたどることができなくなって
いただけに、自信満々の英男先生からの
陰山家のルーツ情報には感慨深いものがありました。

⇒続く⇒

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2011年8月30日 (火)

陰山家の墓参り*1

さて、今後は父方のルーツのお話しをさせていただきます。
私の父方の先祖のお墓参りも昨日してきましたが、私に父系の先祖のお墓が
見性寺という自宅から歩いて5分のお寺にすべてあります。

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私は岐阜に住み着いた初代から陰山家のお墓が7つありますので、
父が8代目、私が9代目にあたるようです。

⇒続く⇒

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2011年8月26日 (金)

第二回 国際放射性物質被曝対策セミナーのご案内

9月29日(木)の第二回 国際放射性物質被曝対策セミナーのテーマは被曝対策とホールボディカウンターの実測です。

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講師は、チェルノブイリ原発事故の対応にあたった
Dr.Aleksandr Kairisです。

いま、私たちが心がけるべき日常生活の注意点、危険数値の実際、薬物投与の必要性など、具体的な被ばく対策についてお話頂きます。

また、医療法人社団癒合会 高輪クリニックにて
内部被ばく量の実測および除染方法指導・治療を行っている
陰山康成先生からは、

今後の南相馬市における国際和合医療学会学会としての
被ばく対策(被災地支援)の計画についてお話頂きます。

【第二回 国際放射性物質被曝対策セミナー】
日時:平成23年9月29日(木)18:00~20:15
会場:品川イーストワンタワー21階 中会議室Ⅰにて
参加費:発起人価格5,000円(通常6,000円)

↓詳細情報及び、お申し込みはこちら↓
http://kokusaiwagoiryo-gakkai.or.jp/wp-content/uploads/2011/08/efa36017ed47d27d2c108dd8fa9bb3a9.pdf

※WEBからのお申込みも受け付けております。
http://kokusaiwagoiryo-gakkai.or.jp/form2/

尚、お席には限りがございますのでお早めにお申込みください。

チェルノブイリ原発事故の対応にあたった
Dr.Aleksandr Kairisのお話を伺える大変貴重な機会です。
内部被ばくを心配されている方にも是非お声掛けをお願いいたします。

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2011年8月24日 (水)

私の革命意識について*その6

その話を聞いて今年は、是非とも石井吉五郎さんのお墓参りがしたいと依頼し、今回の初のお墓参りに至ったのです。

『石井吉五郎さんのお墓は車で5分でいけるのよ、でも私も生涯一度しかいったことがないのよ』と母から聞かされたのももちろん初めてでした。

またなんと、お墓は私が自宅から岐阜大学に通勤する際に通る道沿いにあり、長年素通りしていたことがわかりました。

実際に自宅から約5分の正宗寺に行くと、お墓は広い場所にその先祖、息子夫婦と共に葬られていましたが、末裔が三河地区にいらっしゃることもあり、墓参りに最近いらっしゃっていないらしく、お墓には雑草が生えまくり、お盆で他のお墓がきれいに飾られているのとは対照的に、広い境内に寂しい雰囲気を深めていました。今回、テラヘルツの機器を用いた検査がきっかけとなり私の八人いる三代前の先祖のお二人、石井吉五郎さんと伴侶の曾婆さんに初のお墓参りができたことは非常に感慨深いものでした。

最高のひと夏の思い出になりました。

私の現在、頭にある西洋哲学を基盤にした医療、資本主義、拝金主義に対しての強い革命意識が、遺伝的なもの、または曾爺さんの憑依によるもの、はたまた曾爺さんの生まれによる魂の叫びなのかと、一人で納得してにやにやしています。

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2011年8月23日 (火)

私の革命意識について*その5

私には一人の男性が、守護霊的に憑りついているとのこと。

『陰山さん、その霊は母親系の父であり、脳梗塞で亡くなられています。体格はあなたにそっくりですよ』とのこと。

実際に母親系の祖父は、犬山市出身で脳梗塞が原因で亡くなっていて、かつ体格は私に近かったので、驚きました。

霊の世界を積極的に肯定しているわけではありませんが、かようなことがあるのだと妙に腑に落ちたのです。

ところがそれを母に話すと、『それは凄い話しね。でもおそらくその霊は、私の父親ではなく、私の祖父の石井吉五郎さんね』との談。

益々驚き理由を聞くと『父の森島栄は、脳梗塞で倒れたけど、リハビリのお蔭でその後長年生存して、最期死因は老衰だったし、体格はあなたほど大きくなかった。

私の祖父の石井吉五郎さんは、体格は当時の大男であなたに近いし、脳梗塞で亡くなっている。そしてなにより思想革命を起こそうとしていたこともあなたに近い』と。

⇒続く⇒

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2011年8月20日 (土)

私の革命意識について*その4

~今回のお墓参りのきっかけ~

さて今回、自宅の近くにありながらそのお墓の場所さえも効かされていなかった、石井吉五郎さんのお墓参りを初めてすることになった、きっかけをお話しさせていただきます。

現在高輪クリニックでは、テラヘルツという超長波を用いた医療器具を使用しています。ちょうど一か月ほど前、その開発者である新納氏とお会いしました。テラヘルツ波は、兵庫医科大学泌尿器科教授の島先生が動物実験および臨床をこなし、ある周波数帯において疼痛緩和には著効することを証明しています。

昨今、島教授は、テラヘルツを用いた検査機器を開発したとのことで、先月、その新しい機器を紹介してくださいました。周波数帯の用い方によっては超早期の癌も発見できるとのことで、私自身の体もスキャンしてもらったのですが、癌反応なしとのことで、安心しました。ところが、そのあとの話にはぶったまげるほど驚かされました。

⇒続く⇒

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2011年8月19日 (金)

私の革命意識について*その3

母からは石井吉五郎さんという大事業家が、私の先祖にいると昔から聞かされていましたが、この夏、はじめて訪れることができた墓参りの後、石井吉五郎さんに纏わる

人物伝によれば、彼は事業家、政治家 というよりも思想家であり、意識革命家といえます。さらにマルクスレーニン主義でかつ資本主義的な事業活動をしていたとなると

本気で思想に基づいた理想の国家を構築することをねらい、、巨額の財をなしてそれを社会に均等に大盤振る舞いしようとしたに違いない。

末裔の一人として多少ひいき目の解釈かもしれませんが、レッドバージを受けた資産家は当時実に少ないと思います。


⇒続く⇒

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2011年8月17日 (水)

私の革命意識について*その2

吉五郎さんは、戦後、GHQの政策に反対し、共産党活動を支持し当時レッドバージにあいました。そして関西電力の職を追われましたが、屋敷の一部をうり払って現在の東海電気にあたる会社を設立したそうです。

当時レッドバージにあった方は、全国で一万人といわれますが、岐阜のど田舎の八百津町に思想家がいたこと自体がすごいことだと思います。

当時、八百津の町では、吉五郎さんが我々のためにすべての家財、瓦まで分け与えてくれると皮肉を込めて噂が広く伝わったそうです。

ところでレッドバージとは、、、、

第二次世界大戦終結後、GHQ/SCAPは日本の民主化を推進し、日本共産党も初めて合法的に活動を始めたが、その結果、労働運動が激化し、また1949年に中華人民共和国が成立して、朝鮮半島も不穏な情勢になると、弾圧する方針に転じた。冷戦の勃発に伴う、いわゆる「逆コース」である。
1950年5月3日、マッカーサーは日本共産党の非合法化を示唆し、5月30日には皇居前広場において日本共産党指揮下の大衆と占領軍が衝突(人民広場事件)、6月6日に徳田球一ほか日本共産党中央委員24人、及び機関紙「アカハタ」幹部といわれた人物を公職追放、アカハタを停刊処分にした。こうした流れのなかで、7月以降、GHQの勧告により、マスコミ(新聞・放送)、官公庁、企業などでも追放が行われていった。当時の日本共産党は内部分裂状態だったこともあり、組織的な抵抗もほとんどみられなかった。この間の6月25日には朝鮮戦争が勃発し、「共産主義の脅威」が公然と語られるようになった。
公職追放の指令それ自体は1952年のサンフランシスコ平和条約の発効とともに解除された。職場でレッドパージを受けた一般の労働者で復職できたものはほとんどおらず、またレッドパージを受けたことがわかると再就職先にも差し支える状態であったといわれる。
なお、1950年にはアメリカ合衆国でも共産主義者の追放(マッカーシズム)が行われた。この一連の動きも含めた全てをレッドパージと呼ぶ場合もある。
1950年に電気通信省、旭硝子、川崎製鉄で追放解雇・免職にされた3人が、思想・良心の自由に対する侵害であるとして2004年に人権救済を申し立てた事をきっかけに、2008年現在、70人により同様の申し立てがされている(3人については2008年、日本弁護士連合会より救済勧告、後に神戸地方裁判所に国家賠償を求める訴訟を起こしている)。2010年にも長崎県の7人について、同県弁護士会からの救済勧告が出た。
2011年5月26日神戸地方裁判所は、上記3人の訴えを棄却している。また、雇用主を相手取った訴訟は、すべて原告側が敗訴している。

原因

GHQ/SCAPの民主化政策により、社会主義を背景にした労働運動が激化したが、これによって日本共産党の勢力が伸びていた。1949年1月の第24回衆議院議員総選挙では日本共産党が35議席を獲得した。そうしたなかで、1949年(昭和24)の下山事件、三鷹事件、松川事件といういわゆる国鉄三大ミステリー事件が、日本共産党と国鉄労働組合が仕組んだというプロパガンダがなされたため、日本共産党・共産主義者排斥を容認する風潮が作られた。

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2011年8月16日 (火)

私の革命意識について*その1

昨日お墓参りに行ってきました。

私の母(78歳)の母親の父親、石井吉五郎さんのお墓です。私にとっての曾爺さんにあたる方。
今回初めて知ったのですが、現在私が住んでいる家から車で約5分の正宗寺にお墓はありました。

昭和33年、83歳にて永眠、逆算すると明治10年生まれの方です。

母の話によると、石井吉五郎さんは背丈は180cmくらいの当時の大男、どっしりとした体格、長い髭を蓄え常にパイプをくわえ、武士のような凛とした立ち振る舞いに強面、孫にも関わらず抱っこされた記憶が一切なくひたすら怖い存在だったとか。

地方の議員を長年務め、関西電力の取締役に加え、多くの事業を手掛け、大屋敷を構え、、地元八百津町はもとより県下でも知られた豪傑だったとのこと。現在も直系の子孫(三代目)が吉五郎さんの建てた会社を基盤に事業を営み、従業員約300名の企業として受け継がれています。吉五郎さんの長女が私の祖母にあたりますが、当時、名古屋の女学校に通い帰省する際には馬車での送迎を受けていたほどの今の超セレブ生活を送っていたそうです。

⇒続く⇒

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