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2009年3月

2009年3月12日 (木)

エピローグ 〜二〇二七年、春〜

エピローグ 〜二〇二七年、春〜

 孫からもらった入学祝いは、

何とも愛らしいグレートピレニーズのぬいぐるみでした。

彼女が抱きかかえると、前が見えないほどデカイやつで、

純白の毛並みに首輪代わりの赤いバンダナがよく映えます。

間違いなく雄です。flair

 

和合医療をがむしゃらに進めて二十年。typhoon

歯科と医科、そして様々なスタイルのヒーリングルームが併設された

高輪クリニックの分室・フランチャイズクリニックも全国に五十を越えました。

このスタイルをモデルとしたクリニックや病院の総数は、

先日教えてもらったのですが、忘れてしまいました。

国の年間医療費がついに二十兆円を切ったという

ニュースがあまりにも嬉しかったので。

 優れた後進もたくさん出てきたことから、

クリニックもISMAも彼らに任せ、

この春から次なる目標である獣医師免許の取得に

向かって歩き始めることにしたのです。

三十年ぶりの学士入学、そして三度目のキャンパスライフ。

今度のクラブ活動は、さすがに空手は厳しいかもしれません。

ま、マネージャーくらいで入れてもらうとしましょうか。rock

 

前回の医学部時代は、うっかり留年でもしようものなら

一家離散の憂き目に合いかねず、それはもう必死の四年間でした。

当初の目標も達成し、子ども達も家庭を持った今なら、

一回くらいの落第はあっても平気です。「七十歳で獣医師」を目標としましょう。

 

ふとぬいぐるみのバンダナに目を落とすと、

白い糸で“petit”と刺繍がしてあります。

「この刺繍は、おばあちゃんかい?」

「うん、これプチって書いてあるんだって。

ママが小学校の時に飼ってたおっきな犬なんだよね。

おじいちゃん、プチが死んじゃったのがすごく悲しかったから、

今度は動物の病気を治すお医者さんになるんでしょ?」

(完全に読まれてるな。ま、いいか)

 プチが、当時岐阜にあったわが家にやってきたのは二〇〇二年。

生後二ヶ月の可愛い盛りでした。毎日みるみる大きくなり、

半年後にはあっという間に体重五十キロ。

家の中ではとても飼えないほどの“巨大プチ”になりましたが、

やんちゃな末っ子として、完全に家族の一員になっていきました。

人の思いがわかる、とても賢い犬でした。dog

 

ところが、生後一年で突然、痙攣発作をひきおこしてしまったのです。

そのまま白目をむいて死んでしまうのではないかという状態が

一時間ほど続き、あまりの痙攣に筋力が落ちたのか、

翌日はほとんど歩けないほど。多少回復してからも、

散歩に出るのを嫌がるようになります。dash

 様々な動物病院を回って精密検査を受け、自分でも勉強した結果、

先天的に心室肥大、腎機能障害、高血圧などがあることがわかったのです、

グレートピレニーズには近親交配が多いことも一因だったようです。

いずにしても、犬に関してほとんど知識がないので、

獣医さんの指示に従って治療しようと決めました。

「これを毎日飲ませなさい」と、バルビツール系の薬物を渡された時、

(これって人間のてんかん発作の処方とかなり近いな。しかも体重当たりの処方量も人間と同じ。人間だったら再発予防にはあまりつながらないけど、

ま、犬は違うのかな)

 

それでも指示通りに餌に混ぜ、投与を始めました。

この系統には副作用として、食欲の増進と無気力が出るものですが、

プチも全く同じでした。二週間後にはまたもや、

同じような強い発作がおきてしまったのです。

とても見るに耐えない苦しみ方でした。

その後も処方量を増量したり種類を変えたりしましたが、

やはり同様の発作が繰り返されました。

(待てよ。てんかん発作も人間と同様に考えるのであれば、重積化したら命にかかわるぞ!)

 そこで私は、獣医であると同時に、気功や前世療法の大家でもあり、

国際統合医学教育協会(当時)の理事でもあった高江州薫先生に

意見を聞くことにしました。

先生も最初は、嫌がる動物を押さえつけての注射や

投薬を普通に行う獣医でしたが、やがてその限界を感じ、

東洋医学をはじめとする深いレベルでの癒しを学び、動物の肉体だけでなく、

飼い主との関係まで含めて癒すようになったのです。

 たかえす動物愛護病院は川崎にありましたので、

まずは電話で遠隔診断およびヒーリングをしてもらうことに。

先生の診断によると、

「先天的奇形に加えて、母犬と引き離されたときの

ショックがあまりにも強くて、そのトラウマからてんかんが起きてるんですね。

母犬と同じ愛情を持って育ててあげれば癒されますよ」とのことでした。

 どうすれば母犬の愛情に近づくことができるかはわからないけれど、

それまで以上に語りかけ、ブラシッングケアなども念入りにすることにしました。

高江州先生には定期的に遠隔ヒーリング治療をしていただき、

中枢神経のバランスにつながるサプリメントや、

結界を張る道具も取り入れました。

救命救急科に勤務していた頃でしたから、

どなたかの霊をお連れしてしまう可能性も多分にあり、

それをプチが浄化してくれていたというのです。

 効果はすぐに現れ、発作は三ヶ月に一度程度のごく軽いものになりました。犬にも統合医療は有効だったのです。

 それから二年後、岐阜から横浜に引越しをしなければならないことになり、

住宅事情から、プチはやむなく隣に住む両親に預けることになりました。

両親も深い愛情を注いでくれたようで、

発作は全く出ないほどに回復していたのですが、

二〇〇五年の春、一年ぶりにおきた突然のてんかん発作に

急性心筋梗塞を併発し、あっけなく死んでしまいました。

 最初に診断を受けた時には、二歳くらいまでの寿命だと言われていたプチです。

さらに一年を生き長らえたとは言え、

私たちの悲しみが和らぐものではありません。

 第二の母犬になろうとした私たちからも引き離された時、

プチはどんな気持ちだったのか。

何より、統合医療の必要性を説きながら、

なぜもっと早く実践に移せなかったのか。

セクショナリズムの弊害を知っているつもりの自分が、

「動物は専門外だから」と、当初は西洋医学体系の治療に

依存してしまったことが悔やまれてなりませんでした。

 和ごころとは自然との共生、自他を分けないこと、

あらゆる命の出所は一つだと再確認し、組織の名前も

「統合」から「和合」へ変更したのは、翌二〇〇六年の一月です。

今となっては、そのシフトアップへの思いの根っ子には、

もしかしたらプチのことも微かにあったのではないか、

そんな気もしています。happy01

 七十歳の私は、動物と和ごころを通わせることができるでしょうか。

その言葉を聞き取れるようになるでしょうか。

動物の医学を学ぶことで、人間も含めてより広く、より深く、

「命」がわかるようになるでしょうか。heart04

 二十五年ぶりにやってきたプチが、フンと鼻を鳴らして

「頑張れよ」と言ったような気がしました。dog

2009年3月11日 (水)

プロローグ 〜一九六七年、秋!〜

 プロローグ 〜一九六七年、秋!〜

関東逓信病院の廊下は、昼間でも何となく薄暗かったような気がします。

四十年近く前の記憶ですが、いわゆるセピア色ではなく、

照度が足りないモノクロの映像です。memo

節電対策だったのか、単に病院が古かったのかはわかりません。sign03

NTT東日本関東病院となった今では、洒落たレストランあり、

インターネットカフェ併設の本格的シアトルカフェあり、コンビニあり…。

明るく、先進的な施設ですが、私の記憶の中では、

それはあくまで陰湿で孤独な暗さです。shadow

 

 生来の虚弱体質で、幼稚園に入る頃からは小児喘息や慢性中耳炎、毎日の様に腹痛を訴えては親を心配させていた私は、ここで一週間の検査入院をすることになったのです。

 入院初日の夜、一人ぼっちにされた時にはこの世の終わりかと思ったほどでした。完全看護ということで、夜間のつきそいを認めてくれなかったのです。

「ぼくも帰る〜、おがーさーん!!」

 しがみついた母から無理矢理引きはがされた時のパニックのような感覚は、

未だに鮮明に記憶に残っています。

いつもは四つ上の姉と枕を並べて寝ていましたし、

具合が悪いときには母が添い寝をしてくれることもありました。

一人で、しかもこんな恐ろしげなところで寝るなんて初めてです。

 涙の乾かない内に消灯時間が訪れます。さらなる試練の時間です。night

 廊下の向こうから、ヒタヒタと湿った足音が聞こえてきそうな気配がします。

もしもフラフラと部屋の外に歩み出て、

看護婦詰め所の角を曲がろうものなら、

青白い幽霊がゆっくりと私の方に振り帰り、

「ひっひっひ…」と笑い出したことでしょう。sign04

 「病院の怪談」に引きずり込まれないためには

、頭から布団をかぶって固く目を閉じているしかありません。

ひたすら朝を待ちながら、底なしの恐怖の中で眠りの沼に沈み込んでいく…、

そんな地獄の日々でした。

恐怖と孤独から、唐突にお腹が痛み出すこともありました。

看護婦さんが担当医に報告しても、まともに取り合ってもらえません。

たまにベッドをのぞきにやってきても、

「大丈夫だよ。何ともないから」と、せせら笑っているばかり。

 私の西洋医学に対する不信感は、おそらく

この辺りに遡るのだろうと思います。

痛いと訴えているのにちっとも聞き入れてくれないばかりか、

「そんなものは存在しない」と言うのです。

痛くて、怖くて、悔しくて、そして不安でたまりませんでした。wobbly

 永遠に続くかと思われた悲惨な入院生活でしたが、

やっと家に帰れる日がやってきました。

原因は結局わからず、腹痛については

「自律神経失調症または詐病」なる病名に落ち着きました。

この病名の補足説明としてよく使われる「気のせいですよ」

という屈辱的なひと言ともに。

 昔も今も、自律神経失調症とは、医者にとっては便利な病名だと思います。

自分で治せない症状を、それらしい病名をつけて保留にしてしまう、

時には「そんなもん、病気の内に入らんさ」といった、

思いやりのない言い訳が付帯するのです。

 五歳の私は、肉体的にも精神的にも間違いなくつらい状況にありました。

しかし、検査データからはこれといった不具合は出てきません。

本来、何も原因がなくて現れる症状というものはないはずなのに、

その矛盾は、患者が引き受けざるを得ない。それが業界の掟なのです。

患者にとってつらいのは、「客観的には症状自体、ない」とされるばかりか、

場合によっては「甘えている」「怠けている」「仮病じゃないの」と、カウンターパンチさえ食らわされることもあります。「自律神経失調症」とは、概ねそういう病気なのです。

 自律神経失調症に限らず、いくら病院を回ってもいっこうによくならない病気や症状はたくさんあります。

「医学的には問題ない」つまり、現代西洋医学では原因を見つけることができないとなるや、「何とか治す術はないものか、少しでも楽にしてあげることはできないか」という発想よりも、「私に責任はない」とばかりに患者さんに目が向かなくなる医師のいかに多いことか。

 長じるにつれ、私は健康になって行きました。

あの時の医師は言うでしょう。hospital

「だから心理的なものだったんですよ。特別な難病でないかぎり、次第によくなっていくんですよ。スポーツなどを通じて抵抗力もついてくるしね」

 だったら医者なんかいらないじゃないかと言いたいところですが、「放っときゃ治る」的発想は、ある意味で真実だと思います。

自分を本当に癒せるのは、自分しかいないのですから。happy01

2009年3月10日 (火)

ICUこそ和合医療を

ICUこそ和合医療を

 気功師がいて、鍼灸師がいて、除霊をする人もいて・・・。

私が考える理想のICUの姿です。dash

 外気功によってガン細胞が消えた事例は相当数ありますが、

救急医療の場面でそのパワーがどこまで有効かは未知数です。sign02

流派によって得意ジャンルも異なるでしょうし、気功師と十把一絡げに言っても、玉石混淆なのは否めません。(医師も同じですが)

 それでも、中医学における麻酔術のように、痛みの閾値を下げることにおいて、気功や鍼灸の果たす役割は非常に大きなものがあります。

過剰な薬剤投与や検査の回数も減って、医療費の削減に奏功するのは確かです。ICUに入ると、一日十万円の医療費がかかるのですから。happy01

 徳の高い僧侶をはじめ、宗教者がいてくれても心強いことと思います。

「おいおい、坊さんはないだろう。縁起でもない」

 そんな反応も聞こえてきそうです。

確かに「葬式仏教」といわれるように、現代の僧侶の多くは葬儀や法要を司る職業となっているきらいはあるでしょう。

 けれど歴史をひもとけば、洋の東西を問わず、宗教と医療は同じ根っこを持っているではありませんか。西洋医学が導入される以前、特に檀家制度が確立される前の僧侶は、加持祈祷によって病を癒す例はいくらでもあったと言います。

 以前、対談をさせていただいたことのある高野山伝澄大阿□梨・池口恵観法主は、国内外の多くの医学部で客員教授を務める医学博士でもあります。

 池口師が教鞭をとるようになったのは、重い白血病を患った医学部の院生が、わらをもつかむ思いで師と一緒に護摩業に励んだことで、一気に快癒していったことがきっかけだったそうです。彼の上司にあたる教授も師のもとを訪れ、護摩業の予防医学的効果、さらには医療倫理についての師の持論を聞くうちに、「ぜひ学生たちにもそのお話を」と依頼されたのです。

 生と死が隣り合わせのICU。命とは何か。あまりにもベーシックで、時として見失ってしまいそうな命題を、医師が常に考え続けていくためにも、魂からまるごと命を考える見識をもった宗教者の存在は、大きな意味を持つのではないでしょうか。typhoon

 私は現在、京都大学医学部の健康増進学科で、週一回の統合医療に関する講義を受け持っており、同学科の研究室には、こうした領域の疫学的データもどんどん集まりつつあります(要確認)。

 また、岡山大学の荻野景規教授を中心とした日本予防医学会でも、東洋医療や民間療法による症例を世に問う機会を与えていただけるようになりました。

 西洋医学のフィルターを通すことで見えなかった様々な癒しの力は、確実に存在します。これらが何の序列もなく、シンフォニーを奏でる日は、もう、そんなに遠くないような気がしています。note

2009年3月 9日 (月)

日本初の無金属歯根治療、生体にもっとも優しい人工ダイヤモンド歯根埋入の体験記

日本初の無金属歯根治療

生体にもっとも優しい人工ダイヤモンド歯根埋入の体験記

今回日本初となる人工ダイヤモンドとして知られているジルコニアという

セラミックを用いての人工歯根埋入治療を自ら受けましたので、

その報告をさせていただきます。loveletter

麻酔は通常の一本歯を抜く際の量、2mlのエピネフリン入りのリドカイン

を使用しました。麻酔後約3分でしっかり麻酔が効き、

上の左右の前歯に約20分で2本の人工ダイヤモンドの

人工歯根が埋入されました。

施術をしてくださったのは、九州歯科大学の同窓の高橋信二先生は、

過去3000症例以上のインプラント治療を経験しており、

安心して任せることができました。約20年前に空手の試合で折られた

2本の歯にはそれぞれ隣の歯から伸ばした人工の遊離端ブリッジという

人工の歯をいれていましたが、支えにしている歯に無理があり、

1年に一度ははずれていました。また前歯では物を噛みきることができず、

食事の際、この20年間、常に前歯には不快感を感じていました。

たったの20分で、20年ぶりに骨に歯がはいり、現在仮歯になっていますが、

仮歯にもかかわらず、全く動くことがなく過去の噛めない状態がheart04

一気に改善されたことに、とても感激しています。present 

今後、通常4ヶ月間は仮歯で生活することになりますが、現在、

BRソニックという超音波の骨を誘導する機器でケアーをしており、

さらに3月末には脂肪細胞由来の幹細胞を移植する予定であり、

最終の歯を2ヵ月後には入れる目標をあたてています。

骨の完成具合に関しては、今後ぺリオテスターという装置を使い

客観的に評価をしていきます。eyeglass

今後の経過に関しては引き続きメルマガとブログで報告させていただきます。night

かような生体に安全で、アレルギーをひきおこすこともないかつ生体に

あらゆる歯科素材の中でもっとも親和性の高い素材の治療方法は画期的であり、

新しい医療の夜明けを自らの体験で強く確信しています。tulip

ジルコニアインプラントとは~

スイス Zsystem社が、体調の落ちている方、生活習慣病の方、アレルギー体質の方、

および膠原病の方のために世にだした人口歯根システムがジルコニアインプラントです。

現在人工ダイヤモンドを用いての人工歯根治療器具はZsystemが

唯一世界に提供しています。

人工ダイヤモンドのジルコニアというセラミックを直接骨に埋入し、

かめない入れ歯や欠損した歯の代替の歯として長期にわたり、

アレルギーをひきおこしことなく、生体を活性化しかつ優しく全身とバランスととって

機能する新しい人工歯根のシステムです。note

日本でははじめての医療システムになりますが、すでにスイス、ドイツだけでなく

アメリカでもFDAが許認可をだし、合計約13000本以上のジルコニアインプラントが

臨床で使用され、折れたり、生体に適合しなかったりという失敗がきわめて少ない、

システムの安全性と確実性が既に確認されている方法であり、cherry

今後日本のアレルギー疾患や各種疾患を有している方にも安心して受けていただ

ける人工歯根システムです。

日本では、今年の3月から東京と京都の高輪クリニック、

熊本のフロンティア歯科医院で本システムが開始されています。

高輪クリニックでの施術は私のオペをしてくれた高橋信二drが担当します。

現存の人工歯根はすべて素材がチタンです。

このチタンインプラントを埋入することができないアレルギー体質の方や膠原病の方、

各種疾患を有し、かつ歯の問題で十分に物を噛めていない方にジルコニアインプラント

は、大きな福音をもたらすものです。

しっかり噛める歯を有することは健康増進の基盤であり、

よく噛んでしょう液性の唾液を十分に分泌し、噛んで血液循環を良好にし、heart02

適正電流を脳におくりこむことは、万病を癒すにあたり必須であり、

予防医療においても欠かせません。

以下にジルコニアインプラントの従来のチタンインプラントと比較しての長所と

短所を記しました。

ジルコニアインプラント利点、長所:

1.骨への親和性がチタンよりも高い。

2.歯茎への親和性はチタンはもとより、天然歯よりも高く、

歯茎が埋入後にあがるという現象がみられ見た目が極めて

自然できれいな仕上がりになります

(チタンでは逆に埋入後歯茎が下に落ちるので審美感に欠ける)

3.歯の周囲の汚れの自浄作用が、チタンよりもきわめて強い

4.白色であり審美性はきわめて良好

5.セラミックであり、溶出が一切なくアレルギー反応を起こす可能性が極めて低い

6.金属より強度があり、挿入後に折れることがきわめて少ない

ジルコニアインプラントの技術的欠点は

1、骨が十分にないとできない

2.骨再形成に多少時間がかかる

3.仮歯の作成方法が煩雑

解決策

1、2 BRソニックという超音波装置

または再生医療で骨の治癒を画期的に早めることができる

3.あらかじめ技工所との連携で解決

治療のながれ

全身のバランスを確認する 

全身状態の把握:EAV、オーラチェック、PWV、唾液の還元電位、

血液の酸化ストレス抗酸化力、全自動EAV器、ゼロテクター

全身の金属汚染を確認する(必要時のみ)

毛髪検査、尿検査、爪検査

3.排毒療法(メタルを除去する場合)

①点滴療法(EDTA、ビタミンC大量療法、ビタミンB群)

②漢方薬

③排毒サプリメント

(排毒系サプリ、プロバイオティック系サプリ)

4.再評価

2-①と同じ検査再度

治療費:ジルコニアインプラント 1本あたり35万円

ジルコニアインプラント挿入のプロトコール

施術者:高橋信二

被験者:陰山泰成

①手術部位 上顎前歯~左右1番 2本

②左 抜歯20年前、右2年前

③骨幅 約9mm

④術式:  事前にCTにて骨幅、骨高を確認 埋入インプラントのネック部サイズは     5ミリ 骨幅は骨頂部で約6ミリ リッジエクスパンション必要の可能性ありと診断
     なるべく低侵襲と言うことで切開は1回法と言う事もあり付着歯肉内に歯槽頂切開縦切開は入れずに2番が生活歯であり歯頚ラインを変えたくないとの思いから歯肉溝
     切開にとどめる剥離は骨頂部の骨幅が確認できる最小限の範囲にとどめる
     骨質はパイロットドリル形成時に確認
骨質  左1番部は ClassⅢ
     右1番部は ClassⅢからClassⅣの間
     形成はファイナルドリルまで カウンターシンクは入れず

     (初期固定を強くしたいため)
     形成深度は11.5ミリ セルフタップにて本来カウンターシンクを形成し

埋入する深度まで埋入 埋入トルク  
     ISQは測定していないがトルクは左1番  45Ncm
                        右1番  35Ncm
     初期固定を得るには十分なトルク値である
術後の術者、高橋信二drの感想
骨質の割には十分な初期固定が得られたこの事によりZ-systmのインプラントにはテーパータイプの形状は必要なく逆に骨質が十分な場合はしっかりプレタップを切りカウンターシンクを入れる必要がある問題は、2週間位で一旦固定は弱くなる通常機械的固定が弱くなってくると同時にインテグレーションが始まるがジルコニアの場合はインテグレーションを誘導する補助医療が加わることで成功率がより高まる。

術後のケア
左右上顎2番生活歯形成→TEK、左右インプラントは0.5mm幅にて空洞をあけてのTEK挿入

術後 芍薬甘草湯9包服用 夜間疼痛あり

起床後疼痛完全消失

その後、継続して疼痛なし

2009年3月 8日 (日)

あなたが旅立った後に

あなたが旅立った後に

 救命救急のスタッフいうのは、泣かない人間が多いようです。

決して普通の人より冷徹だというわけではないと思います。

平均して一日に二〜三人の死に立ち会う職場にあっては、

一々感傷的になっていたのでは冷静沈着な判断ができなくなってしまうため、

できるだけ左脳を働かせて感情をブロックする習慣が身についていくからでしょう。

 

患者さんが亡くなると、「かくかくしかじか手を尽くしましたが」という

家族への状況説明があります。

これも、単に医師としての説明責任だけでなく、

医師自身の感情をブロックするための一つの手続きでもあるような

気がしてならないのです。

 世界的ロングセラーである『死ぬ瞬間』をお読みになったことのある方も多いと思います。著者のエリザベス・キュプラー・ロス女史は、

人が自らの死を受容するプロセスを、

否認↓怒り↓取引↓絶望(抑鬱)↓受容という五段階で説明しています。

 ガンの余命告知など、来るべき自分の「死」

と対峙しなければならなくなったとき、人は概ね、

「そんな馬鹿な」「なぜ私が」に始まり、

「もし生きられるなら…」と、未来への願望や、

過去への感謝などのプロセスをたどるというのです。

そうした階梯があってこそ、人生の総決算や癒しに辿り着くのでしょう。foot

 ところが、救命救急に運び込まれる患者の多くは、

否認も受容もしようがないまま、いきなり五段飛びで、

人生の幕を降ろすことになるのです。snow

 たとえば大動脈瘤破裂。緊急手術をしても半数は

亡くなってしまう激烈な症状にも関わらず、

意識はいたって清明なのが特徴です。

死の直前まで笑っているような場合すらあります。

ほんの一時間前には職場でテキパキと指揮をとっていたり、

家族と談笑していたであろう人が、何の準備もなく、

ふっと灯が消えるように亡くなっていくのを目の当たりにするのは、

ほんとうにやりきれないものがあります。night

 やりきれないところへもってきて、遺体にまだ温もりが残るうちから、

費用分担や葬儀の段取りなどに絡んだ家族の内紛を見せられることも。

この追い打ちは、肉体的疲労の何倍ものダメージとなって、

じわじわ浸透してくるものです。sweat01

 

 とは言え、救命救急の現場が死に対して鈍感になるしかない

環境かと言えば、そうとばかりも限りません。

死の受容プロセスをゆっくりと辿りつつある過程で

私たちのもとにやってくる人も、時にはいるからです。

 拡張型心筋症で、残された時間はあと半年くらいであろうと言われた

老人の話をご紹介しましょう。いろんな意味で豊かな人生を送った人でした。

 離れて暮らす家族や親戚が三十人あまりもやってきて、お見舞いの

(言外にお別れの意味も込めた)食事会を開いた夜のこと。

賑やかな語らいも一段落したところで、

男性は「眠くなったから横になるよ」と自室に引き上げ、

まもなく呼吸が止まりました。sweat02

 十分後に搬送され、さっそく蘇生術が始まるのですが、拡張性心筋症の場合はさほど意味がないとされています。家族もそのことを知っていました。

しばらくして、

「ありがとうございました。もう結構です」sign01

 息子さんが穏やかにそう言った途端、

「やめないで!おじいちゃんを助けて!」

 傍らの七つか八つくらいの女の子が叫びました。

「これ以上やってもらっても無理なんだよ。

このまま天国に行っても、そんなに苦しくないから、

みんなでおじいちゃんを見送ってあげようよ」wobbly

いやだ、死んじゃいやだ!」

 そのやりとりを目の当たりにして、

私は自分でも意外な言葉を口にしました。

「じゃ、もうしばらくやってみましょう」

 大好きなおじいちゃんが永遠に旅立ってしまうという事実を、

女の子がどこまで受け入れられるのかはわからないけれど、

そのための儀式はまだ十分ではないと思ったのかもしれません。

あるいは、私の中の職業的な理性を超えたどこか深いところから

「まだだ。今止めるな」と呼び止められたのかもしれません。sign02

 そうして蘇生術を再開した直後、あり得ないことが起こりました。

心拍が戻ってきたのです。翌日には意識も戻り、

三ヶ月後には家族の待つわが家に戻っていきました。heart02

 その男性は、結局それから半年後に亡くなるのですが、悲しみの中にも心のこもったお別れのシーン、そして穏やかな死に顔が、自ずと目に浮かんでくるようでした。

 誰もがこんな死を迎えられるわけではありません。

救命救急に限らず、現在の終末医療のあり方を考えれば、息を引き取る間際にお別れのできる状況の方が珍しいでしょう。

しかし、亡くなっていく時の表情とその人の生き様との間には、

何かがあるような気がしてならないのです。hospital

2009年3月 7日 (土)

救われた命と壊れた家族

救われた命と壊れた家族

 ERでは三十時間の連続勤務が普通です。重症患者が次々に運び込まれたような日は、本当に疲れ切ってしまいます。そんなとき、ICUで眠っている患者さんを見ていて、なぜか癒されることがあるのです。

「よく寝られて羨ましいよなあ」

「うん、代わりに寝たいよ」

 ご家族が聞いたら気分を害されるような会話ですが、

決して「俺たちの苦労も知らずに」といった傲慢な気持ちからではなく、ある種、ヒーローを見ているような気持ちに近いのかもしれません。

 そもそも近代西洋医療にとって、人の死というのは敗北に他なりません。

救急救命の医師は、最初から負け試合をしていると感じることもしばしば。

そんな中、九回二死満塁での逆転サヨナラHRや、後半ロスタイムでの起死回生のゴールのように、ギリギリのところから患者さんを救えた時には、高揚感もひとしおです。チューブだらけになりながらも、全身で懸命に生への模索を続ける患者さんには、畏敬の念さえ抱きます。助けているつもりの医療者の心を打ち、癒す力さえ持っている。それが命の神秘というものだと思うのです。

 高度医療の発達や搬送システムの確立によって、心肺停止からの蘇生率は上がっています。ひと昔前なら助からなかった人が命をとりとめるケースも着実に増えました。けれども、命を取りとめることと、もとの生活に戻れることとは、決してイコールではないのが現実です。

 首を吊って三十分呼吸が止まっていても、救命可能なケースもあります。

しかし、酸素を送り込まれなかった脳のダメージは回復できず、心臓は規則正しく動いていても、再び目を開けて、家族と言葉を交わすことはまず望めません。いわゆる植物状態です。そのまま二〜三年も経過すると、家族にもいろんな意味で余裕がなくなり、やがて精神的な絆が空中分解してしまうことも、よくあることです。

 腹上死、あるいはその一歩手前からの蘇生というのも、やりきれないものがあります。時に「男の理想的な死に方」などと冗談めかして言われることもありますが、まずもってそんなことはあり得ません。私もその手の冗談は嫌いな方ではありませんが、こればかりはネタにするのが憚られます。

 この突然死、お楽しみの最中に起こる脳梗塞が一般的ですが、自宅よりもホテル等で起こることが多いのはご想像通りでしょう。救急に通報した女性も名前は言わなかったり、病院に着くと雲隠れしてしまったり。

 普段は家族のために懸命に働いているお父さん。仮に内緒で付き合っていた女性がいたとしても、倒れた場所が職場であれば、奥さんの思いは多少違ったものになったでしょう。死に様は生き様、生き様は死に様であると言われる所以を、亡くなった後の家族の対応からしみじみ考えてしまうこともよくあるのです。

 愛する家族の突然の死にまさる悲しみはありません。けれども、やがては涙を拭いて立ち上がり、新たな人生を歩み出して行かざるを得ないのが現実です。そうすることで新たな活力にもつながるのではないでしょうか。

 ところが、最悪の事態は免れたものの、社会復帰もできなかった場合、終わりの見えない介護生活だけが延々と続く中、「いっそ、あの時…」と思う瞬間があったとしても、誰も責められないのではないでしょうか。

 医療経済というドラスティックな側面だけを見ても、問題は複雑です。三十兆円を超える途方もない医療費の三割、約十兆円はターミナルケアにかかる費用なのですから。医療の進歩が国家予算を圧迫し、家族の経済的・精神的苦痛を再生産している側面も否定はできません。

「救命って、何だろう」

 ふと立ち止まってため息まじりに自問自答それが、救命医の宿命でもあるのです。hospital

2009年3月 6日 (金)

命の重量差

命の重量差

 こんな経験もありました。

 百歳近い男性が、食事中に突然三十秒ほど意識をなくす

というアクシデントが起こりました。

独り暮らしでない限り、救急車で最寄りの救急救命センターに

運び込まれるのは皆さん同じパターンです。

しかし、この人が他と大きく違ったのは、

おそらく中部地方最速ルートで愛知医大へ搬入されたことでした。

当日の交通事情などの幸運もあったかもしれませんが、

中部レコード(そんな記録があるのかどうかは別として)

をマークした最も大きな理由は、

その患者さんが有力な教授の父であったという事実なのです。hospital

 救急救命だけでなく、脳外科、循環器科など、

わずかな前情報から考え得る限りの教授陣が救急搬入口で待機する中、

救急車が着きました。すると・・・。

 ご老体はなんと、救急車から歩いて降りてくるではありませんか。

どうやら「迷走神経反射」という一時的な失神状態だったようです。

バイタルサインとCTで問題がなければ、

「もうお帰りいただいていいですよ」が常識的な対応です。

 しかしこの患者さんは、自分たちの人事を左右しかねない人物の父君です。

「念には念を」と、入院してもらうことになりました。

MRIをはじめフルコースの検査を受けたのですが、

何にも引っかからなかったのは、ご想像通りです。

 この大騒ぎの少し前、身寄りのない七十代の男性が、

心肺停止状態で運び込まれてきました。

そして、蘇生措置を始めて十分とたたないうちに、

その男性は人生を終えました。死亡時刻は、

上司から「もういいよ」と声がかかったその時です。

 あと十分、十五分続けたとしても、

彼が大切な人に何かを言い残すような事態にはおそらくならなかったでしょう。

しかし、この日、この時間でなければ、

彼の死亡時刻は弱冠ズレ込んでいただろうという思いは

消し去ることができないのです。

 国民皆保険制度のお陰で、日本ほど平等な医療が受けられる国は

ないと言われてきましたが、これが神話となる日も遠からずやってきます。

既にそうなっているという見方もあります。

 病院は、社会を映す鏡です(「鑑」でないのが残念なところ)。

ホームレスや身寄りのないお年寄りなど、社会的弱者の命の重みは、

そうでない人と天秤にかけると、どうしても軽くなってしまうことを、

完全に否定することはできません。

「人の命は地球より重い」というのは紛れもない真実です。

そのことを医師が忘れたり、勘違いしたときには白衣を脱がねば

ならないでしょう。一方で、地球より重い一つ一つの命が常にsignaler

平等に扱われているのかと言えば、現実はそうでないことが

少なからずあるのです。typhoontyphoontyphoon

 人の死とは何か。数え切れないほど自問してきましたが、

どんなに高度医療が発達しても、哲学や倫理観を抜きにして

解答の糸口を見つけることは、私にはできません。

2009年3月 5日 (木)

死亡時刻の謎

 ここで、クイズを一つ

 ある男性が急に胸を押さえてくずおれてしまい、

 居合わせた家族が慌てて一一九番しました。car

 救急車が着いたときには心肺停止状態。eye

 救急救命士が蘇生を始めますが、どうやら助かりそうな気配は希薄なまま、

 救急救命センターに着きました。

 こんなシチュエーションを思い浮かべてください。phoneto

 結局この男性に奇跡は訪れず、家族は悲しい宣告を受けることになります。

 果たして、男性の「死」は、どの時点で判断されるのでしょうか。

1 脳波が平らになったとき。

2 脳死状態(脳死規準に基づく二十以上のチェック項目による)が

 確認されたとき。

3 担当医が蘇生術を止めたとき。

 正解は、「3」。

 いかに高度救急救命センターといえども、

 脳死移植の対応をとっていない病院ではそれしかないのです。

 心肺蘇生にかける時間はおおよそ三十分とされていますが、

 規定というのは存在しません。club

 あまり知られてはいませんが、蘇生術を止めてしばらく経ち、ribbon

「ご臨終です」と告げた途端にムクッと起き上がり・・・cafe

 なんてことも稀にあったりするのです。

 息をしていない人に突然腕を捕まれた医師だって、

 UFOを見た医師よりは多いかもしれません。typhoon fuji

 自らの立場上、軽々に口外しないだけで・・・。

 

 死の定義は、脳死移植などの高度な医療だけではなく、

 日常的な医療の場面においても、実はそれほど難しく、

 時に矛盾に満ちたものなのです。

 天災航空機事故airplaneなどで大量の死傷者が発生した場合、

 治療の緊急度に応じて患者を振り分けることを、

 トリアージといいます。

 傷病が軽度で、今すぐ治療しなくても予後に

 特別な問題を起こしそうにない人、

 つまり「放置組」は青(緑)のタグを貼られます。

 治療の必要はあるものの、多少待機してもらっても命に別状はない

 「後回し組」は黄色のタグ

 急いで適切な治療をすれば助かる可能性のある人、

 すなわち生死の境目にいる「臨界組」は赤。

 そして、死亡が確認されている人および治療しても

 救命の可能性がないだろうと考えられる「手遅れ組」は

 黒のタグを貼られることになっています。

 通常の蘇生措置は約三十分と前述しましたが、

 赤いタグを付けられた「臨界組」があまりにも多ければ、

 一人あたり三十分の蘇生時間はとうてい確保できないでしょう。

 五分か十分で終わることだって考えられます。

 救急車でERに運ばれてきたなら赤いタグを貼られるであろう患者が、

 野戦病院のような状況下では黒を貼られる可能性もあるでしょう。

「手遅れ」という尺度そのものが、根底から変わってくるのです。

 こんな極限状況には、できれば遭遇しないことを祈るばかりです。

 しかし、日常のERにおいても、ちょっとした運命のいたずらで

「もしかしたら助かっていたかも」「もう少し延命できたかも」と

 思える事態も、実は頻繁に起こっています。

 あなたやあなやの家族が危険な状況で運び込まれた時に、clock

 同程度以上に重篤な患者さんが複数いるかどうかで、

 微妙に対処が違ってくるからです。heart02 clock

 命は、lovely私たちに計り知れない何かに影響されている可能性

 否定できないし、

 ただ運に左右されるのだと言うこともできる。

 それが事実です。

死亡時刻の謎clock

2009年3月 4日 (水)

ERわらし

ERわらし

 患者さんが快方に向かい、ICUや一般病棟に移ったり、

 あるいは残念ながら亡くなってERからいなくなった後、

 そこに残されるのは・・・。

 乾いた血痕や臭いの粒子といった物質だけではありません。

 立場や考え方によっていろんな見解があるでしょうが、

 霊としかいいようのない「何か」が、残っているのではないかと

 思えることがあります。eye

 人命が失われる悲惨な事故や事件の現場にはthunder

 しばしば花束などのお供え物が置かれ、tuliptuliptulip

 誰彼となく手を合わせる人がいるものです。

 ERには当然ながら、そういう場所も習慣もありません。

 お別れをする人が誰一人訪れない場合だってあります。

 途方に暮れた霊がしばらく留まっていても、

 無理からぬ話だと思うのですが、いかがでしょうか。sign02

 

 愛知医科大学に勤務して日が浅い頃、

 麻酔から覚めた患者に声をかけられました。

 「先生、さっき、そこの隅に女の子がいたようなんですけど」

 

 「さあ、きょうはお子さんを連れた方の面会はなかったはずですが・・・」

 

 後にナースの一人に聞いてみました。

 

 「ああ、あそこね。時々来てるんですよ。六歳くらいの女の子が。

 麻酔から覚めた人はよく見かけるみたいです」

 「それって、もしかして・・・」

 

 思わず声を潜める私に、彼女はさらりと返します。up

 「先生たちは幻覚だっておっしゃるんですけどね(笑)」

 
 どうやらナースの間では「病院の怪談」でも何でもない、ear

 よくあるエピソードの一つらしいのです。

 患者さんに悪さをしたり、医療行為の邪魔になるなら

 考えものですが、ただ「そこにいる」だけの愛らしい存在なのだとか。

 だから、music非科学的だと一笑に付すことも、

 調査委員会設立のアクションを起こすこともなく、

 
 静かに語り継がれているのでしょう。

 

 人の生死に関わっていると、理屈では説明のつかない

 不思議な事象に出くわすことは、やはりあります。

 医師の立場では「そんなものはありえない」か

「見なかったことにする」という反応が一般的です。

 ところが、ナースは意外とそうでもなかったりします。

 同じ西洋医療に携わっていても、どこか懐の深さが違うのです。

 

 彼女たちとて、受けてきた教育の柱は西洋医学に他なりません。

 それでも、患者さんとの接し方は、医師と比べて理性よりも

 感情的な領域が多くなります。club

 明るく声をかけたりannoy、そっと手を握ったりgood、やさしくさすって

あげるだけでheart04、患者の痛みや苦しみを和らげる。

そんな癒しの力を、経験的に身につけている人が少なくないのです。diamond

 これからの予防医学は古今東西のヒーリング抜きには考えられないー

 私はそう信じていますが、西洋医学の枠組みでは、downwardright

 まだまだ補足、気休め、オカルトまがいに位置づけられがちです。

 それでも、流れは確実に変わってくるはずです。upwardleft

 ちなみに、「オカルト」というと、それこそプシコと

 隣り合わせのような怪し気な響きがありますが、

 その語源はラテン語の「オクルトゥス=隠された」という意味なのです。

 世の中、隠されたこと、まだわかっていない事の方が遙かに

 多いはずなのですが・・・。

 救命救急センターに搬入される患者さんは、

 その地域性によって「よくあるタイプ」に特徴があるものです。info02

 泥酔者が多かったり、punch

 農薬自殺未遂が多かったり、paper

 あるいは一夜の宿を求めて「死んだふり」でやってくる

 ホームレスが目立ったり…。dollar

 一方で、搬入される症状については、なぜか日によって

 メニューの偏りがあるのも事実です。

 交通事故の重傷者が相次ぐ日もあれば、脳出血が続く日もあります。coldsweats02hospital

 ERとは無縁のごく普通の出産にしても、cd

 今や医師の勤務体制に合わせて薬物でコントロールされるのが

 通常のスタイルになっています。cd

 本当の自然分娩にこだわっている産科の開業医によると、

 本来、出生時間は月の満ち干に関係するのだそうです。delicious

 月の動きで出生数の増減まで読めるのだとか。

 救命救急に運び込まれる患者の傷病に偏りがあるのも、

 もしかしたら、疫学的には立証されていない何かの力が

 働いているのかもしれません。hospital telephone

2009年3月 3日 (火)

酒と涙と男と赤面

chick酒と涙と男と赤面

 ERの医療hospitalというと、ものすごく高度で複雑な手順が求められる

ように思われるかもしれません。

しかし中には、実に簡単な治療で劇的に効果を発揮しheart04happy01

患者さんから熱いsign05感謝の言葉をいただく病態があります。loveletter

 糖尿病の患者さんが時として陥る低血糖発作がそれです。

この発作は血糖値の低下にともない意識が薄れ、不穏状態に陥ります。

身近にいる方も急激な変化にギョッとさせられる病態です。

検査の結果、低血糖発作と診断されると、ブドウ糖を点滴で注するのですが、

その回復は実に劇的です。eyeglass

五分とたたないうちに、みるみる状態が改善します。

 時代劇の『水戸黄門』でよくありますね。chickchick

突如襲った「差し込み」にうずくまる美しい女性。

それを見かけたご老公一行が印籠の丸薬を飲ませると、sign05

たちどころに元気になるシーン。あれに近い感じです。

 そしてもう一つ、劇的に良くなっていく病態があります。

 急性アルコール中毒です。coldsweats02lovely 一つ間違うと命を落とす恐ろしい病態でも

 あるのですが、通常は点滴注射を二〜三リットルほど打つと、

 二日酔いが一気にさめる感覚で正常な意識に戻ってしまいます。

 ところが、この急性アルコール中毒の患者さんにはしばしば

 難儀を強いられます。rock

何しろ、病人であると同時に酔っ払いだから。bleah

 

 sunある日、そんな急性アルコール中毒患者が救急車で運ばれてきました。

 同乗してきた友人によると、お膝元の愛知医科大学の医大生とのこと。

 

 「自棄になってテキーラを五杯イッキ飲みしたら、泡を吹いて倒れました。bell

 マロリーワイスのようなんです」

 

 マロリーワイス症候群。weep

 激しい嘔吐によって、胃と食道の接合部分に裂け目ができ、weep

 吐血や下血をきたす疾患で、場合によっては死に至ることもある症状です。

 「バイタル血圧や脈拍、体温や呼吸などの生命徴候)はOKだな。

 吐血も大したことはなさそうだ。

 三リットルも輸液すりゃ大丈夫だろう。

  

 暫く寝かせておきなさい」sleepy

 「は、はい。どうもすみません」

 

 一時間くらいたった頃でしょうか。

 異臭が漂ってきたました。脱糞です。dash

 ERでは失禁も脱糞もよくあることで、

 スタッフは淡々と処理するしかありません。footupwardleft

 しかし、この時ベッドは全てふさがっており、

 この医大生のシモの世話に他のスタッフの手を煩わせるのは

 もったいないと考えました。

 私は、待合室のソファに所在なさ気に座っている

 友人らをERに入れました。

 「君らも連帯責任だ。shineflair臨床研修の一環として、後始末してもらおうか」

 

 「わ、わかりました」up

 
 翌朝、友達が洗ってくれたパンツやズボンが乾く

 より早く、彼は正気をとり戻しました。

 「自棄になってテキーライッキ飲みとは、

 

 女の子にでも振られたか?」happy02

 

 とりあえず気持ちをほぐそうと、冗談まじりに話しかけると、

 「はい、そうなんです・・・」

(ほう、茶髪のイマ時風な学生なのに、やることは随分古典的だな)

「君のヤケ酒で御学友がクソまみれになってしまったぞ。

 みんなに一生頭が上がらないな。それにしても、

 そんなにいい女だったのか?」

「はいっ、それはもう、いい子だったんです〜」と、泣。

 食道の傷はなんとかふさがったものの、

 心の傷はパックリ口を開けたままだったようです。

 heart03失恋の痛手からの回復は、女性に比べて我々男は

 時間を要するのが常です。snow

 立派な医者hospitalになったであろう今でも、あるいはまだ、

 かさぶたが残っていたりして…。

2009年3月 2日 (月)

プシコな人たち

 救命救急に搬送されてくる人たちには、hospital

実にさまざまなケースがあります。club

 交通事故や脳卒中・心臓疾患などで一刻を争う患者さんは

もちろんたくさんいます。

そういう人たちの命を救うのが救命救急の役目ですから、当然です。

医師看護師も、全身全霊をかけて取り組みます。eye

 一方で、「何も救急車hospital呼ぶほどのことじゃないでしょう」と

思える患者さんや、「来てもらっても、助けようがない、

どうしようもないですね」という患者さんも、

実は少なくないから困ってしまうのです。happy01

 救命救急には、「三割プシコ」という業界用語があります。( ̄ー ̄)ニヤリ

「プシコ」とは、ヒッチコック映画のタイトルでお馴染みの

 ”psycho”(サイコ)のこと。wobbly

 サイコサスペンス」や「サイコホラー」といえば、

 自ずと雰囲気は伝わってくるでしょう。

 確か、映画の『バットマン』の中にもheart01「ジョーカー…、彼はサイコだ」

 なんて台詞があったと思います。

 「精神」や「心理」という本来の意味から一歩踏み込んで

 「(精神状態が)アブナイ人」としての使われ方が市民権を得ている

 アレです。

 「毒を盛られた!」bearing

 

 そう言って救急車を呼んでやってきた人も、

 

 そうでないことはすぐにわかります。

 うつ病などの心の病で、睡眠薬の二〜三十錠も飲んで担ぎ込まれる

 患者さんにも、システマティックな対処が可能です。

 しかし、何がどうなっているのかわからない患者さんというのも、

 実は結構いるのです。

 

 例えば、「蟻走感」という独特の症状があります。despair

「皮膚の下を蟻か何かの小さな虫が這い回ってるような気がする」という

 感覚で、更年期障害などでもよく訴えがある症状ですが、

 薬物moon2moon2の乱用をはじめとする精神的な病態になると、

「気がする」(゚0゚)では済まなくなってきます。shineshine

 「体中をゴキブリtyphoonが這い回っている!」

 

 ご本人はいてもたってもいられないでしょうが、どうしようもありません。

 物の理をベースにしている西洋医療の世界では、

 そういった人たちを癒すシステムが実に少ないのです

 プシコな人たちは、夜にお越しになるケースが圧倒的に多いのも事実です。

 命に別状がある状況でなければ精神科医にバトンタッチとなります。

 実に無気力に、かつ眠たそうに登場した精神科医が、薬moon2の処方だけを

 指示し、また眠そうに帰ってしまうのがいつもの光景です。mist

 ある時、こんな患者さんが搬入されてきました。

「ムカデでが、ムカデが耳に入って中で蠢いてるんです!」

(やれやれ、またプシコか・・・)

 内心のため息は隠せませんが、念のためにキシロカイン(表面麻酔の薬)と

 いうスプレーを耳に吹き付けてみました。その途端、

 

「あ!・・・・」

 大抵のことには動じないナースも、一瞬、凍りついたのが見てとれました。

なんと、本物のムカデが耳から這い出てくるではありませんか。

それも、見たこともないようなデカイやつが。

 イソップ物語の中にあるオオカミ少年の話は、嘘をついては大人をからかう

 少年を戒める寓話ですが、救命救急科の場合、「オオカミが来た」と訴えるの 

 は毎回違う患者さんです。

もちろん、医師hospitalを騙して面白がることが目的ではありません(通常は)。

本当に危険なときに助けることのできなかった周囲の大人heart02の対応をこそ、

私たちは学ぶべきなのです。

 とは言えその時は、ムカデのデカさに半ば感動してしまった覚えがあります。

虫に関する訴えのすべてが、引っぱり出して「ヘイ!一丁上がり」で

済むのなら、お互いに随分楽なのですが・・・。

 運び込まれる患者さんの約三割がプシコ系、二割は原因不明。というか、

特定することができません。

つまり、救命救急に運ばれてくる人たちの半数は、西洋医療の

最先端の検査機器と技術をもっても、これといった対応のしようがないのが

現実なのです。

 

 半分は対応できないという救命救急hospital現実

 

 西洋医療が最も力を発揮できると考えられる救命医療の現場においても

これが現状なのです。ましてや慢性疾患では、医師も患者さんも

 完全治癒という共通の目標が達成できずにお互い疲弊した関係に

 陥っていることがいかに多いか。

残念ながら、それも一つの現実です。

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