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高輪クリニック

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2008年5月

2008年5月12日 (月)

人はなぜ病気になるのか?

本日から和合医療情報を提供していきます。
処々世にでていない、
実践的かつ有用な情報を提供していくつもりでおります。


まずは総論として人はなぜ病気になるのか?


これに対してアーユルベーダ日本の第一人者
上馬場先生のお言葉をお借りすれば下記のとおりになります。


『遺伝子病または遺伝病の方の御両親からみると
(なぜこの子がこのような病気になってしまったのか?)
と親であれば思わずにはおれません。


確かに両親がその遺伝子を潜在的にもっていたか、
体内環境において問題を引き起こす要因があったのですが、
その両親の子供全員が同じ病気になるわけではありません。


なぜよりによってこの子が。と親なら絶句されるときがあるでしょう。
ではなぜそのような子が生まれてしまったのでしょうか。
偶然とか運命あるいは宿命と理由をあえて問いただす必要はないといわれるかもしれません。
偶然という言葉は原因を説明することにはならないのではないでしょうか。
なぜそのような偶然が起きたのでしょうか?


東洋の伝統ではこの答えとして、カルマという言葉が使われます。
カルマとは前世の痕跡の良し悪しということですが、
生命を現世のみの存在でなく前世から来世へと輪廻する存在と仮定した場合の用語です。



次回、輪廻転生の真偽についてお話したいと思います。
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2008年5月 9日 (金)

サウナ侍 〜プロローグ〜

五反田に今もあるT病院の廊下は、
昼間でも何となく薄暗かったような気がします。

四十年近く前の記憶ですが、
いわゆるセピア色ではなく、
照度が足りないモノクロの映像です。
節電対策だったのか、単に病院が古かったのかはわかりません。

10年ほど前に建て替えとなった今では、
洒落たレストランあり、
インターネットカフェ併設の本格的シアトルカフェあり、コンビニあり・・・。
明るく先進的な施設ですが、
私の記憶の中では、それはあくまでも陰湿で孤独な暗さです。

生来の虚弱体質で、幼稚園に入る頃から小児喘息と慢性中耳炎、
毎日の様に腹痛を訴えては親を心配させていた私は、
小学校入学直前一週間の検査入院をすることになったのです。


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次回につづく 

2008年5月 7日 (水)

男樹JOURNAL vol.2

第ニ回目の男樹通信では、まずは武士道について男樹の会で認識していている定義を
新渡戸稲臓の武士道の文書も一部お借りして紹介していきます。


武士道とは〜

昨今の医療人の倫理観の低下、医師としての品格と人格形成の不足、
偏りのあるデカルト的発想での医療をすべて患者サイドにたった
真に役立つ医療にするために必要なのが、
医療をシステムとして動かす前に医療人それぞれが認識するべき医療哲学の柱です。



肉体的要素中心またはそれのみで医療が行われた際の臨床の現場での限界を、
医療費の高騰の継続、癌死亡率の右肩上がりの上昇、
患者さんサイドの医療に対しての不信感の高まりなどが明らかにしています。

これらを根本から改善するためには、実におろそかにされていた医療自体の根、
VISIONに関して再考が必要です。

そこで私はこの哲学ベースに武士道を提言したいのです。

まずは旧5千円札にも登場した新渡戸稲造の言葉も借りて
武士道について解説をいれていきます。


武士道とは武士が守るべきもととして要求され、
あるいは教育を受けた道徳的徳目の作法です。
それは成文法ではありません。

せいぜい口伝によるか、著名な武士や家臣の筆になるいくつかの格言によって成り立っています。
それはときに語られず、書かれることもない作法である。

それだけに実際の行動にあたってはますます強力な拘束力をもち、
人々の心に刻み込まれた掟でなのです。


武士道はどのような有能な人物であっても一戸の頭脳が創造しえたものではない。
またいかなる卓抜な人物であったとしても、ある人物がその生涯をかけてくりだしたものでもなかった。
もしろそれは何十年、何百年にもわたって武士の生き方の有機的産物でありました。


海外にいった経験のあるものはあらためて日本人の良さを認識することが多いと言われますが、
私もインドに渡った経験がなんどかあり、駅の切符を買う光景をみながら、
日本人のよさを切実に感じたことがあります。

多くの国民の中でも、通常ならば争いがおきる状況であっても、
誰から号令をかけることもなく自然に列をつくり列をつくれるのが、
日本人の凄さだと思います。

他の国と異なり、長きにわたり宗教教育のなかった日本人に
強い秩序と倫理観を形成してくれた行動源はなんだったのか、
それこそが武士道だというのが新渡戸稲臓の持論です。


それでは今回から武士道とはなにかをわかりやすく解説するために
武士にとって最重要視されている、

名誉、そして忠誠心について

一つ一つ新渡戸稲臓の文書と私の経験談を交えて解説してまいります。


侍のみが医療をおこない、
武士道精神を医療の受けても理解し、
医療のだしてと受けての
キャッチボールのボールの役割を武士道が担うこと、

それをねらっているのが男樹の会に集まっている志士の共通の願いです。

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2008年5月 5日 (月)

難病へのアプローチ

昨日、原因不明の筋力が低下していく病態に陥った20代の女性の患者さんを拝見しました。


約10年前にミオパシーという診断名が下されました。


治療法が確立されておらず解決の糸口のみつかっていない難病です。 Flowerlcolor02



そして彼女はそれから研究的要素の強い検査と治療をこの10年間様々受けてきましたが、
初期の主治医の明言どおり彼女の筋力は時間と共に確実に右肩下がりになっていました。


昨年からは、自力歩行は不可能となり当院には、車椅子でおこしになりました。
現在は介助なしでのトイレも入浴も不可能です。


筋肉の生検で診断されていましたが、数年前には遺伝子レベルで病態名が間違いないことが確認されています。

遺伝子病と遺伝病は異なりますが、彼女の病態は遺伝子病で現代医学では、如何ともしがたい難病です)


諸処お話しを伺い、10代で発症しこの10年間の苦労を想像すると、
患者さんと家族を目の前にして(医師の立場で涙をだすことは常識として許されないと思い込んでおり)自らの涙腺の蓋を閉じるのに苦労しました。



結局当院で処方させていただいたのは、ホメオパシーという民間薬物体系の一レメディーです。(自然系薬品のことをレメディーという)


そもそも遺伝子レベルでの問題は、自らかえることができない宿命であり、
西洋医学ではお手上げに近い病気が多いのですが、
東洋医学とくにインドのアーユルヴェーダではカルマ
(因縁)など深いレベルでの問題という理論が組み立てられています。 

2008年5月 2日 (金)

赤穂浪士の末裔

サウナ侍姓は出身県内では当家一件であり、お墓の最も古い御先祖さまから計算すると私が九代目になります。

山陰地方に多いサウナ侍姓がなぜ、そこにしかも一家のみ存在するのか不思議でした。

これに関して、が誠にいい加減な情報との前置きとして、凄い情報をだしています。

それは赤穂浪士、討入りの四十七士にプラス三人が討入りの連判状にサインをしていたそうだ。

しかし直前になって三人大石蔵之助討入り参加させず武士道の義という最も侍にとって大事な要素をあたらめて世間に伝えるためのめメッセンジャーとして世に残したそうです。

そして三人のうちの一人には母親への手紙、そして今一人には奥さんへの手紙、そして残りの一人には愛人への手紙を手渡しそれぞれに届けるように依頼をしたそうです。

その三番目の侍は、役目を完了した後、ここに落延びその後居ついたということだそうで、
その方の姓がサウナ侍だったのです。

おそらく彼がサウナ侍家ここに定住した初代であり御先祖様なのだというのです。

つまりサウナ侍の御先祖様は赤穂藩であり、
お先祖様の役割は、武士道を世に伝える役割を担っていたというのです。
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ほんまかいな?と思ってしますストーリーですが、出身県内に一件しかないサウナ侍家武士道を世に伝え、また大石蔵之助が最も信頼していたからこそ愛人に文を託したのではとの説は、とても洒落ている信じたくなるストーリーです。

今私が医療哲学武士道を注入すべきと熱い思いになっているのは遺伝子が騒いでのことなのか?

父からの話しを聞く前の平成元年に四十七士が眠る泉岳寺のすぐ近くの高輪で全く縁もゆかりもないと思っていた地で開業をしたのも偶然でない!と勝手に熱くなっております。 

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